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松尾和子の息子の死因は? [タレント]

松尾和子の息子の死因は?

8月15日の爆報theフライデーは、

松尾和子さんのことが放映されるようです。


息子の死因で検索されているようですが、どうしてでしょうか?

気になり、調べてみました。




実は、松尾和子さんのことすら

よく知らないので、そこから・・・。


■息子を溺愛していた?!



一番有名なところで、

彼女は歌手で、

1959年、代表曲「東京ナイトクラブ」。
「とうきょう、ナイトクラブぅ~♪」

この辺で、少し記憶があります。
よく、上司とデゥエット曲を歌いました。(;´∀`)

フランク永井さんとの共演曲のようです。

調べてわかったのは、松尾和子さんのデビュー曲なのです。

デビュー曲が、大ヒットなんてすごいですね。


さて、この息子に対する溺愛は、

母親はみんな同じだと思うのですが、

松尾和子さんの場合は、離婚をして

女手ひとつで育てたので相当だったようです。


そのせいかどうか、わかりませんが

息子さんが人の道を反れてしまうのです。


■息子が逮捕された? !

1991年、息子が覚せい剤取締法違反で逮捕され、

実刑判決を受た。


この時、松尾さんの発言が

今後、メディアからのバッシンクにあうのです。


正直な母の心の叫びだったように私は思いますが、

発言内容でたたかれもします。


本音と建て前をうまく使うほど器用でなかったか、
内容だけに動揺して本音を語ったのかもしれません。


その発言は、

「過保護すぎた私の責任もあります。でも、息子は私の宝です」だった。


■息子の死、 なぜ?!

没後21年でようやく発売された、

生前に作詞した遺作「かわいい女」。


急死の10日前に、作成したようだが、

そのままお蔵入りに。


1992年9月に他界した松尾和子さん(享年57)の命日の25日、

報告に行った関係者が その墓石に息子政和さんの戒名も刻まれていたという。

その死因は知られていない。


刑に服してから、何かと親族と裁判など(遺産をめぐり)

心穏やかではなかったようだが、

その後はひっそりと暮らしていたようだ。


放送では、何が語られるのは定かでないが

彼女の人生を見ると、

波乱万丈な人生だったかもしれない。


しかし、自分の愛する肉親がいたことは
生きる力にもなり、幸せな時間だったと思う。



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それを裏付ける

母が子供を思う気持ちを本にしていたのを発見!

matsui hon.JPG

内容(「MARC」データベースより)

それはスターの座と引き替えに、
一人息子を暖かな家庭で
育てられなかった母としての後悔の言葉であり、

予期せぬ死を目前にした松尾和子の悲しい遺言でもあった-。
刑に服する息子にあてた、119通の手紙。


私はすでに天国で、
幸せに二人は暮らしていると思いますよ。




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